みんな?それってあなたの感想ですよね
「みんな」は、だいたい話している人の周囲数人。
「みんな言ってるよ」 この言葉を聞くたびに、わたしは思う。その「みんな」、誰? 日本人一億人にアンケートを取ったのだろうか。そんなわけはない。クラスのみんな? 会社のみんな? 友達みんな? たぶん、それすら怪しい。 「みんな」は、だいたい話している人の周囲数人である。 「みんな、あの人のこと苦手って言ってるよ」 これも実際には、Aさんが言っていた。Bさんも同意していた。そういえばCさんも似たようなことを言っていた。くらいだったりする。 3人。 3人が、いつの間にか「みんな」になる。ずいぶん大胆な増員である。 しかも、この3人は無作為に選ばれた3人ではない。普段から話している3人である。同じ会社にいて、同じような仕事をして、同じような場所で昼飯を食べ、同じような愚痴を言っている3人かもしれない。そりゃ、意見も似る。 人は、自分とまったく話の合わない人と毎日つるんだりしない。なんとなく話が合う。なんとなく居心地がいい。なんとなく考え方が近い。そういう人が周囲に残っていく。 そして、「わたしの周りでは、みんなそう言っている」が完成する。 でも、その「みんな」は、世界からランダムに抽出されたサンプルではない。かなり偏っている。 3人から世論ができた。町内会より少ない。 さらに、この「みんな」はよく進化する。 「みんなそうしてるよ」が、「普通はそうするよ」になって、そのうち「それ常識でしょ」になる。 Aさん、Bさん、Cさんの会話が、いつの間にか社会規範になっている。出世が早い。 たとえば、自分の周りの人が結婚していれば、「この歳なら普通は結婚するでしょ」となる。転職する人が多ければ、「今どき転職なんて普通だよ」となる。副業している人ばかり見ていれば、「今はみんな副業してるよ」となる。 してない。 たぶん、みんなはしてない。 でも、その人の世界では、本当にみんなしているのだ。 ここが面白い。嘘をついているわけではない。本人には、本当にそう見えている。 人間が直接見ることのできる世界なんて、ものすごく狭い。地球には何十億人もいるのに、日常的に話す人なんてせいぜい数人から数十人。その小さな窓から外を眺めて、「世界とはこういうものです」と言っている。 壮大である。小窓なのに。 しかも今はSNSまである。これで世界が広がったように見える。 自分が興味のある人をフォローする。自分と考えの近い投稿に反応する。すると似たような投稿が次々と流れてくる。 100人いる。1000人いる。 ほら! やっぱりみんな言ってる! いや、その1000人、あなたが選んだ人と、あなたを見て機械が選んだ人である。 周囲数人だった「みんな」が、周囲数千人になっただけかもしれない。規模だけ立派になった。中身は親戚一同みたいなものである。 だから「みんな言ってる」を聞いたとき、その意見が間違っていると思う必要はない。本当に大多数がそう思っている場合だってある。 ただ、「みんなって誰だろう?」くらいは考えてもいい。 そして、自分が「みんな」と言いそうになったときも同じである。 わたしの言う「みんな」は誰だ? 友達3人? 職場の5人? SNSでよく見る100人? 考えてみると、「みんな」という言葉はかなり便利だ。たった二文字で、数人を何百万人にも増やすことができる。 AさんとBさんとCさんの意見が、「みんなの意見」になり、「普通」になり、「常識」になる。 3人から常識が生まれた。錬金術である。 もちろん、人間は毎回統計を取ってから話すわけにはいかない。「わたしが直近で会話した7名のうち5名が同様の見解を示しました」などと言い始めたら、もう会話ではない。報告書である。 だから「みんな」でいい。 ただ、その「みんな」が世界そのものではないことくらいは、覚えておいてもいい。 わたしにも、わたしの「みんな」がいる。あなたにも、あなたの「みんな」がいる。しかも、たぶん全然違う人たちを指している。 なのに二人とも、「みんなそう言ってる」と言えてしまう。正反対の意見について、両方が「みんな言ってる」と言うことすらできる。 「みんな」は不思議な言葉だ。 世界の声みたいな顔をしている。 でも、正体をたどってみると、だいたい、その人の周りにいる数人だ。
最後までお読みいただきありがとうございました。




ほんとその通りです。
「みんな持ってる」「みんな撮ってる」
みんなみんなみんな、、、こっちみんなって感じですよね🤭
わくわくさん、すごく面白かったです☺️✨
「みんな言ってるよ」
この言葉、本当に主語がデカいですよね🤣
よくよく聞いてみると、
そのみんなが友達3人だったり、
職場の数人だったりする。
3人から常識が生まれる。
本当、言葉の錬金術ですねwww
でも本人にとっては、
その小さな窓から見える世界が、
本当にみんなに見えているのかもしれない。
だからこそ、
「みんなって誰だろう?」
と一度立ち止まることは大事だなと思いました。
言葉って便利だけど、
便利すぎるからこそ、
小さな範囲を大きく見せてしまうこともある。
ぼくも自分の中のみんなを、
勝手に世界代表にしないよう気をつけます🤡