「親切やーめた!!」なんて言う前に
それ、本当の親切って言える?
良かれと思って、ってよく言いますよね。 「良かれ」って、どういう意味なのか考えたことあります? 「良かれ」は、 「良くあれ」が縮まった言葉らしい。 良い結果になれ。 そこにあるのは、あなたの「希望」です。 ただし、その「良い」が本当に相手にとって良いかどうかは、まだわかりません。 その「良い」を決めたのは、あくまであなたでしかない。 相手が良いと感じるか。 相手にとって助かることなのか。 その状況に合った対応なのか。 そこを確認しないまま、自分の判断だけで動いたときに、 「良かれと思って」は発生します。 もちろん、どう考えてもそうだろう、と思って判断したのかもしれません。 だけど、そういうときほど危ない。 通常ならAの対応でいい。 けれど今回は、たまたま特殊な事情があって、Bの対応をしなければいけなかった。 そんなことは少なくありません。 善意は大事です。 失わないでほしい。 でも、善意は確認を省略していい理由にはならない。 「良かれと思って」の前に、一度だけでも考えたい。 それは本当に、相手にとっての「良かれ」なのか。 ここをうまく考えて行動しないと、 「せっかくやってあげたのに!」という筋違いの怒りが、 自分の中に起こってしまう。 恩をあだで返された、とか思ってません? 本当かな? そもそも相手は、それを望んでいなかったのかもしれない。 ここで発生しているのは、自分の中にある、 「うまくやっておけば喜んでくれるかな」 という親切心と、 「聞くほどでもないか」 という横着な気持ち。 もちろん、親切心はいくら持っていても困らない。 むしろ、有れ! でも、その親切心の中に、少しだけ横着が混ざっていなかったか。 そこは、見ておいた方がいい。 良かれと思って。 その言葉の中には、 善意だけではなく、確認を省いた自分もいる。 親切心は、伝わるように使おう。 「はぁ!?なんで親切にしたのに、怒られなきゃいけないの!もう親切やーめた!」 って悲しい結末にならないために。




あなたのために。支援したい。助けたい。
そんな言葉は信用しないと心に決めている。
大きなことを言う人より行動してる人の方が信用できる。
親切って昔は「深切」って書かれていたことも
あるんだけど、なんで「切」を使ったのか。
辞書とかには「切に願う」から来てるってよく
書かれてるけど、私は、親切も本当の親切で
なければ、親しい人でも切れる。深い人でも切れる。
そんな意味も含めたんじゃないかなぁと
思ったり思わなかったりしてる...自論😌
親切にこそ、人間性が現れる。
親しくなった時にこそ如実に出てくる。
親切する、される関係よりも、
並走できる関係性が私は欲しい。
良いと思うどうかはその人次第。
本当そう。
頭では分かっていても出来ない。
でも出来ないのは自分目線になっているから。
第三者視点で見たら分かるんだけどなー(。-_-。)