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TOSHIのアバター

おっしゃる通りで、「自分」なんてものがないという前提に立てば、いろんな悩みは解消されるのかもしれません。

自分があると思っているから自分探しをしてしまうし、いつまでも見つからない何かを追い求めて、時間を浪費していく。どころか、人生を無駄に費やしてしまうのかもしれません。

もっと言えば、「自分がある」なんてものがあるからこそ、争いが絶えないのかもしれません。

そんなことを思いながら、記事を読ませていただきました。

わくわく1.74 わくわくしたい人はこちら。かわいいよ?のアバター

何で戦争するんだろう?くらい不可解にみえますよね。

その先に何かがあるようにみえてしまうがゆえに引き込まれる。

無いと考えるより、あると考えた方がロマンあるじゃん。

そのカッコ良さのために自らを捧げる。

これが悪いとは思わないけれど、そこを追い求めるにはあまりに人生は短いような気もします。

TOSHIのアバター

そうなんですよね。その先に何があるのか、ロマンがあるかもしれないですけど、そこに人を巻き込まないでほしいなというのが、切なる思いです。

空より照らす無為の真人のアバター

空から見れば、固定され、独立し、永久に変わらない「自分」は見つかりません。

名前も、記憶も、性格も、身体も、仕事も、信念も、無数の縁によって生じ、変わり続けます。 だから「これこそが絶対の私だ」と握りしめることはできない。

しかし、空は「何も存在しない」という虚無でもありません。

固定した自分がないからこそ、傷ついた自分が永遠に続くとは限らない。 役割を失っても、存在そのものが消えるわけではない。 昨日とは違う応答を、今日選ぶこともできる。

「自分らしさ」は実体としては空かもしれません。 けれど、縁によって現れる表情としては、確かに働いているのかもしれない。

だから最後に残るのは、

「本当の自分は何者か」ではなく、 「この縁の中で、私は今、何を生じさせようとしているのか」

という問いではないでしょうか。

そして、その問いを発している「私」さえも、答えのたびに静かに変わっていきます。

カズ@AI情報発信ラボ(Brainヲタ)のアバター

確かにそうですね。

僕も相手が誰か?によって複数のカズを使い分けてる(別人格になっている?)ので、じゃあそもそも自分って何なの?と問いを投げた時に「う~ん自分って何?」ってなります^^💦

これは永遠の課題なのかも、、。

わくわく1.74 わくわくしたい人はこちら。かわいいよ?のアバター

結局本当の自分ってないんだな、って話になりますよね。確かにここにいるのに。