「勉強」を学習した結果。
拒否反応の向こう側へ
勉強って言葉がマッジで嫌いです。
「またまたぁそんなこと言ってぇ、勉強ができなかったからひがみでしょ?」
うっせ!
勉強が嫌いとは言ってねぇって!
(一応こう見えても幼卒でも小卒でも中卒でも高卒でもありません)
わく大出てます。
わくわく大学もふ学部もふ学科。
ご存じの通り、もふもふ界の頂点です。
偏差値は驚きの10です。獣なので。
え?
ご存じない!
そんな馬鹿な!
わたしが今作った学校なのに!!
ん?
そっか。だからか。
それは縦置き、いやさておき。
「勉強」って字がそもそも嫌いなのです。
意味、考えたことあります?
勉めて強いる、
つとめてしいる
って読みます。
かみ砕くと
強制的に、むりやり頑張らせる
って意味です。
ただでさえ無理して頑張ってるのに、
ダメ押しで強制されるんです!!!!
なんでちっちゃいころから無理やりさせられなきゃいけねぇんだよ!!!!
子どものころ、ピーマンを口にガンガンぶち込まれて好きになった人っています?
多分嫌いになると思うんです。
そういうことです。
勉強はピーマン。
みんな嫌いです。
「私ピーマン子供のころから好きだったよ?」
はいはい。
そういうことなんです。
言葉自体が他責の塊なんです。
全然わくわくしない。
で、ほとんど同じ意味合いを持っている言葉で
学習
ってあるじゃないですか。
こっちは美しい。
学び習う、なんですよ。
自ら学んだり、
習ったりを経て、
自分の血肉として身に着けていくイメージがあります。
自発性の塊のような言葉なんです。
そもそも勉強ってずるいんです。
多分小学校の時に「べんきょう」って音だけで知るのかな、と、
それがいつしか「勉強」と漢字をあてられた形でしれっと置き換わる。
漢字の意味なんて気にする間もなく押し付けられるんです。
しかもたぶん知り始めた頃って、勉める、強いと言葉をプラスのイメージで習うんです。
頑張ることが美徳、強い子。
実際に、強の字が「強いる」って読むのっていつ覚えました?
強いより後だったはずなんです。
幸か不幸か、私は漢字が好きでした。
なので、みんなが強いを覚えるころには「強いる」という言葉も知っていました。
なぜ好きだったか?
お父さん、お母さんから漢字をいっぱい書けることを褒められたのが気持ちよくなって、むちゃくちゃ覚えたんです。
全然強制された感覚ありませんでした。
おかげで「勉強」という言葉の本来の意味に気づいてしまっていました。
多分そのころからです。
この言葉に気持ち悪さを覚えたのは。
本来知識を手に入れるって素晴らしい、楽しいことなはずなんです。
なのに、それを勉強って言葉で無理やり詰め込まされてきた。
つめこみ教育とかゆとり教育とかそういう時代の区切りの話じゃないですよ。
だから、みんな勉強が苦手っていうわけわからない言葉を使うんです。
無理やりされるのが得意って、やばいよ。
SMクラブの豚ですか?
女王様が欲しいんですか?
勉強法とかSMプレイのノウハウですかって話なんです。
なので、まっっっっじで「勉強」という言葉を撲滅したいんです。
「学習」でいいじゃんか。
ベンキョウ!!!っていうとげんなりしますが、ガクシュウ~っていうと心が明るくなる気さえしません?
こういう一つ一つの言葉が持つイメージを全然何の意識も抵抗もなく刷り込まれていって今の皆さんがあります。
これからは学んで習っていきましょう。
学習の時代です。
目覚めよ!




確かに!
そうか、うちの子の勉強嫌いはここか👀
学習にしましょ♪
勉強というとイメージは、「無理矢理やらされてる」ですもんね。でも勉強を「学習」と言い換える自ら進んで得た知見。
「勉強」は受け身で、
「学習」は能動的。
とにかくポジティブなイメージがある。